この半年間、AIエージェントと一緒にWebの実装を続けてきた。ツールの検証、サイトの改修、自動化の仕組みづくり。手を動かしながら、その記録をブログに書き続けてきた。
正直に言えば、しんどい。学ぶべきことが毎週増え、先月の常識が今月には古くなる。それでも毎朝、今日は何ができるようになったのかとワクワクしている自分がいる。しんどいけど楽しい。この半年の実感を一言でいえば、それに尽きる。
このコラムでは、実際に手を動かして分かったことを整理しておきたい。評論ではなく、現場からの報告である。
素人でも作れる。ただし「動く」と「安全」は別物
まず認めるべき事実から。AIを使えば、Webの専門教育を受けていない人でも実装ができてしまう。フォームも決済も会員機能も、日本語で指示すれば動くものが出てくる。かつて数週間かかった制作が数時間で形になる場面を、私は何度も目にしてきた。これは誇張ではなく、もう起きていることだ。
だが半年やって痛感したのは、「動くコード」と「安全なコード」の間には深い溝があるということだった。AIが生成するコードは、動く。デモも通る。見た目も悪くない。しかしその裏で、認証情報の扱い、入力値の検証、権限の設計といった目に見えない部分に穴が残る。Veracodeの2025年調査でも、AI生成コードの45%にセキュリティ欠陥が確認されている。この「動くのに危ない」構図が実際にどんな事故を引き起こしたかは、vibe codingの代償の連載で数字とともに書いた(「vibe coding」はAndrej Karpathyが2025年2月に提唱した語で、同年11月にはCollins英語辞典の「今年の言葉」に選ばれている)。そして厄介なことに、穴が開いていることは、穴の存在を知っている人間にしか見えない。
Webの経験と知識がないと、脆弱性を抑えることは難しい。これは技術の問題というより構造の問題だ。作れる人は爆発的に増えたのに、安全を判断できる人は増えていない。この非対称が、次に述べる変化につながる。
セキュリティが「最後の工程」から「最初の前提」になった
従来のWeb制作では、セキュリティは工程の終盤にあった。作って、動かして、公開前にチェックする。それで概ね回っていた。
いまは違う。AIエージェントがコードを書き、外部サービスに接続し、時に自律的に動く環境では、セキュリティを最初に設計しておかないと、後から検査しても間に合わない。私自身、この半年で開発の順序が完全に入れ替わった。何を作るかより先に、何をさせないかを決める。権限の範囲、データの置き場所、接続先の管理。それを固めてから実装に入る。
そして予測を一つ書いておく。これから、これまで想定もしなかった種類のセキュリティ事故が多発する。根拠は単純で、「作れるが守れない人」が量産されているからだ。今月当ブログで取り上げたHugging Faceへの自律AIエージェントによる侵入事案は、その先触れだと私は見ている。攻撃の主体も、事故の起き方も、従来の想定の外側から来る。専門家ですら想定できなかったのだから、昨日今日作れるようになった人に備えられるはずがない。
人間の仕事は「作る」から「見極める」へ
では、制作がAIに代替されるなら人間には何が残るのか。半年の実感として、残るのは二つだ。
一つは審美眼。AIは平均的に良いものを大量に出せる。だからこそ「これは良い、これは違う」を判断する目の価値が上がる。生成の速度が上がるほど、選択の質が成果を決めるようになる。作る技術より、見極める眼。これは逆説ではなく、生産コストが下がった市場で必ず起きることだ。そしてこの目の有無こそ、AIが増幅する能力の格差の分水嶺になる。
もう一つは情報を整える力。AIの出力の質は、渡す材料の質でほぼ決まる。社内の情報が整理されていれば、AIは驚くほど働く。散らかっていれば、散らかったものが高速に量産されるだけだ。AIが会社の情報をどこからどう拾っているかは、日経225から選んだ5社で検証した回で見た通りである。地味な作業だと思われてきた「情報を整える」仕事が、この半年で私の業務の中心に繰り上がった。
そしてこの二つが必要な理由は、身も蓋もない事実に行き着く。AIは平気で嘘をつく。存在しないAPIを自信満々に提示し、確認していない仕様を断定口調で語る。悪意はない。ただ、もっともらしさを出力する仕組みだから、もっともらしい嘘が混ざる。検証を怠った出力をそのまま使うことは、この時代の新しい手抜き工事である。最後に真偽を引き受けるのは、いまのところ人間しかいない。
淘汰されるのは「弱い会社」ではなく「変わらない会社」
ここまでを踏まえると、従来型のWeb制作会社がこのままでは立ち行かなくなることは、残念ながら避けられないと思う。単純な制作の値段は下がり続ける。「作れます」だけでは選ばれない。制作を取り巻く中間工程が丸ごと消えていく構造は、三重の中間層が溶けるで書いた。
よくダーウィンの言葉として「最も強い者が生き残るのではない。変化に適応できる者が生き残る」という一節が引かれる。実はこれ、ダーウィン自身の言葉ではない。米国の経営学者レオン・メギンソンが1963年にダーウィンの進化論を要約した文が、いつの間にか本人の名言として世界中に広まったものだ。有名な「名言」ですらこうなのだから、情報の出どころを確かめる仕事がなくならないわけである。
ただし、出典は誤伝でも、内容は今のWeb業界にそのまま当てはまる。淘汰の基準は規模でも実績でもなく、変われるかどうかだ。AIを脅威として遠ざけた会社から順に苦しくなり、AIを前提に仕事を組み替えた会社は、むしろ一人あたりの提供価値を何倍にもできる。私はこの半年、後者の側に立てることを小さく実証してきたつもりだ。
結び──これは産業革命である
半年間、手を動かし続けて、ようやく腹の底から理解した。これは人類にとっての産業革命だ。蒸気機関が筋肉の仕事を機械に移したように、AIは頭脳の仕事の一部を機械に移しつつある。道具の進歩ではなく、仕事の前提が変わる種類の出来事である。
産業革命のさなかに生きた人々は、自分が歴史の転換点にいるとは知らずに、ただ日々の変化に振り回されていたはずだ。私たちは幸運なことに、転換点にいると自覚しながらその中を歩ける。
だからしんどい。学び直しに終わりがなく、昨日の正解が今日は通用しない。それでも、こんな時代に現役でいられることを、私は心底面白いと思っている。しんどいけど楽しい──そう思えているうちは、きっと大丈夫だ。
変化はもう始まっている。あとは、変わるかどうかだけである。
自社関連記事
この記事をシェアする